【偉人】日本人が胸を張って紹介する日本人第二弾:十返肇【日本人】

2018年11月19日

はじめに

今回は、ちょっと変化球で「十返肇」について紹介します。世界に対して胸を張って紹介するというわけではないですが、一作家として紹介したい人です。
ノーベル賞ではないですが、生き続けること、長く生きることの尊さを考えさせられるのは、いつも十返肇を考えるときです。
多くの有名な作家がいますが、死んでからも読まれる作品って一部なんだな、と思います。

十返肇って誰ぞや?

十返 肇(とがえり はじめ、1914年(大正3年)3月25日 – 1963年(昭和38年)8月28日)は、香川県出身の文芸評論家。
作家です。

後ほど説明しますが、「軽評論家」とも呼ばれた彼は、正当な評価を受けないまま亡くなってしまいました。
現在では、その名前を知る人すら少ないですよね。

当時は、小林秀雄と比較されることも多々あったそうですよ。

どうして知ったの

「十返肇」:あまり聞きなじみないですよね。
私も全然知りませんでした。とあるきっかけで知ったのが始まりです。

大学生当時、とにかく異性と遊びたい!そう毎日考えていたのですが、どうにもお金がない。
しかも、異性と遊びに行きたいと思うけども、映画行って、食事するのは時間の無駄とも考えていました。
異性と遊びながら知的好奇心をくすぐるような遊びをしたい!

そんなある日、日芸(演劇)に行っていた地元の友達から、「おもしろい教授の講演があるけど行かない?」と誘われました。
私は演劇には興味ないしな、でも、文系の教授の講義や講演って聞いた経験がなかったので、せっかくだからと行くことにしました。
異性でしたしね!笑

池袋西口をでて、こじんまりとした個人経営のカフェ&バーで行われました。
会場は全部で20人くらいキャパシティーに満員だったと記憶しています。
ワンドリンク付の仲間内の講演で、お昼過ぎでしたが私はビールを注文したのを覚えてます。

その教授の名前は今では思い出せないんですが、文学の研究をやっていたと思います。
その講演が何を隠そう「十返肇」に関することでした。

どんなことした人なの?

何しろ、匿名の投稿が非常に多かったそうです(講演でも、何度も言ってました)。その文壇の理解力と文学への愛情がにじみ出ていて、誰がかいたかがわかってしまうほどです。
でも、一般読者(匿名という意味)として、文学、文壇または作家を評論するという姿勢は、本当に学ぶべきところだと思います。
本当に、自分の意見のみがオリジナリティという考えやテレビ受けばかりを考えるような評論家ではなく、愛情をもってよりよい方向へ進めるために評論をしてほしいものです。

「読者から考える力を奪い、いたずらにその場限りの面白おかしくかく」についての評論を軽評論と本人は呼んでいて、この表現方法が小林秀雄と比較されていたわけです。
これはわかりやすくいうと、「文学はわからないけど、文学賞には注目しちゃう」っていう現代の我々(明治時代から評論されてきたわけですが)に対して、「文学とは本来こういうもので、中でも、純文学とはこういうものである。今回の受賞は文学としていかがものか。」という小難しい評論ではなく、「文学賞とった作品読みました。ここ面白い!」みたいな、現代の本の帯にのるような評論をしたということです。

以前から、文学賞の功罪ということは、しばしば問題になっているが、私には“罪”とよぶべき弊害は、ほとんど認められない。ことに、文学賞が作家を堕落させるものであるかのようにいう一部の道徳的な意見は、まったく本末を転倒したものに過ぎない。もしも、そうした事実があったとすれば、それは文学賞の罪ではなくて、作家自身の罪ではないか。

引用:白凰社刊 著:十返肇『十返肇の文壇白書』、第二章 文壇ぱとろーる 文学賞罪ありや

十返肇は、文学賞という文学賞全部いいじゃん!って考える人でした。芥川賞作家がいいとか、直木賞作家がどうこうではないんですね。よく言いますよね、直木賞作家は大成するけど、芥川賞作家は、とか。

あの人と仲がよかったって本当?

谷崎潤一郎と仲がよくて、家も近所だったとか!坂に沿って家が並んでいたとか、とにかく近かったはずです。
本人の作品にも多々、谷崎潤一郎の名前が出てきますよ。

というか、十返肇ほど文学評論をやった人はいないと思います。そのために、数多くの業界人との付き合いもあったことは間違いありません。文壇の影のフィクサーだったかもしれませんね(言い過ぎかな?)。その中で、特に谷崎潤一郎と仲良かったようですね。

理解のある奥さん

この奥さんも一癖も二癖もあます。

十返 千鶴子(とがえり ちづこ、1921年6月7日 – 2006年12月20日)は、日本の随筆家。十返肇の妻。画家の風間完は兄。

本当にうろ覚えですみません。
「十返(肇)は、(谷崎潤一郎にあこがれて)外に女を作りたいと考えているらしいが、そんなことができるたまではない」
というニュアンスのことを、自身の本でも書くくらい、すごいインパクト強いひとです。

こんなこと言える信頼関係って、現代にはなさそうですよね。まぁ、これを美化すると方々からから叱られそうですが、別に女性がこうあるべきだ!というのではなくて、時代時代で女性のしなやかさや、その慎ましさ、力強さって認識とか定義が違う気がします。

この当時で考えると、「いいな」って思う程度です。

おわりに

十返肇の名前だけでも知ってもらえたらいいと思います。以前、飲み会で「十返肇」の名前を出したら年配の人に「該博だな」と褒められて、今でも年に1,2回飲み会に誘われるようになりました。

事実、十返肇について知らなかった私ですし、講演を聞いて以来好きで本を買ったり、借りたりしてます。
私は彼のいう「軽評論」は「大衆文学」の一つだと思っています。でも、その時代の潮流に飲み込まれていい作家だと思いません。

人間死ぬと本当にその人が生きていた証って探すのが大変ですよね、特にたくさんの功績がありながら、匿名での仕事が多かったために、目立たない十返肇。
長く生きることは、出会う人の数が増えるということではなく、その人が存在していたという事実をより印象付けるのかもしれません。(すみません、いい言葉がみつかりません)

おしまい。

2018年11月19日

Posted by xxxchem