新紙幣の候補者渋沢栄一ってどんな人?あの理研や王子製紙と関係が。。。

2019年4月10日

皆さん新紙幣の案があがり、20年ぶりの変更(この単語であっているのだろうか?)になるようです。

  • 10,000円札が渋沢栄一
  • 5,000円札が津田梅子
  • 1,000円札が北里柴三郎

と予想されています。

今回の候補3名とも私が尊敬してやまない人たちですが、今回紹介したいのが、【渋沢栄一】

さて、渋沢栄一とはどんな人だったのでしょうか。

たまに記事にする世界に誇れる日本人シリーズです。笑

牧野富太郎

十返肇

興味があればこちらもどうぞ。

渋沢栄一は「日本資本主義の父」?

ピータードラッカーの「マネジメント」が大流行したのは記憶に残っている人もたくさんいると思います。
このピータードラッカーが、「世界で最も早く経営の本質に気づいた人」と書かれるほどの経営者です。

生涯で500社以上の企業の立ち上げにかかわり、現存する大企業もたくさんあります。
例えば、王子製紙、みずほ銀行、東京海上火災保険、東京証券所、キリンビール、サッポロビールなどがそれです。
bankを銀行と訳したのも渋沢栄一といわれています。

豪農に生まれ、常にそろばんを打つ日々だったと思います。

本のタイトルも「論語と算盤(そろばん)」となっているほどです。

あまりに有名な人なので、ネット上でもたくさんの情報を得られますし、本屋に行けば渋沢栄一を題材に下たくさんの作品があります。
興味があれば、そちらも参考にしてください。

これまで、紙幣に採用されたことがない?

紙幣を偽装できないように、日本ではこれまで髭のある人物が採用されてきました。
事実、渋沢栄一はこれまで何度も候補に上がっていながら、採用を見送られていました。

統治時代に韓国の紙幣なのか硬貨に採用されたことがあるようですが、今回詳しいことは割愛させていただきます。

そして、今回紙幣に採用されようとしている渋沢栄一は日本を代表するある機関の設立にも携わってます。。。

渋沢栄一が携わったある機関とは。。。

それは、「理研」です。そうです、文部科学省所轄の理化学研究所です。
日本だけではなく世界を牽引して科学の最先端を走る理研です。いろいろとみなさんが言いたいこともあるでしょうが、ここは冷静に客観的に理研をみてください。

こういった経歴があるために、今回渋沢栄一を紹介したいと思ったわけです。

理研のHPにある沿革にもしっかりとそのことについて書いています。

こちらのPDFの記事もわかりやすいので併記しておきます。

「日本人は模倣に長じては居るが、独創力に乏しいという弊がある。この模倣性に富んだ国民の傾向を一転して独創力に富んだものとするには、純粋理化学の研究を奨励するよりほかに道がない」と高峰譲吉博士の言葉を受けて

「もとより不同意のあろうはずがないので、私が来会者一同より創立委員指名のことを托せられることとなり、私においても熟慮の末、適任者を指名し、これに設立事務の進行を委任し、その結果、4年後の今日に至って漸く実現を見るに至った」と渋沢栄一が語っている。

http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/publications/riken88/riken88-1-1-1.pdf

激動の時代をリーダーシップをとって、独創性を育むために作られたのですね。

しかも、研究機関ではなく、教育機関としては

大倉商業学校(現在の東京経済大学)の設立、学校法人国士舘の設立、同志社大学の寄付金集め日本女子大学校、東京女学館の設立などに携わっています。
すごすぎて、何もいえない。

渋沢栄一はこれらを一代で成し遂げたというのが驚きですね。

今も続く渋沢栄一の精神

実は、「公益財団法人渋沢栄一記念財団」という法人もあり、現在でも精力的に研究やセミナーの支援を行っています。
渋沢栄一の残したものは大きい企業だけではなく、精神までをも残しているんですね。

史料館には公式インスタグラムアカウントもあるようです

 

渋沢栄一の代名詞「夢七訓」

夢なき者は理想なし
理想なき者は信念なし
信念なき者は計画なし
計画なき者は実行なし
実行なき者は成果なし
成果なき者は幸福なし
幸福を求める者は夢なかるべからず
(沢栄一翁の座右の銘=夢7訓より)

どんな言葉にも、時代背景や、その発言をした場所、相手などなどあって、
「実際の意味は○○なんだ」
という人がいるかもしれません。

何よりよく聞く「夢を持ちなさい」
医者になって人を助けたい、
プロ野球選手になって活躍したい
科学者になって人類へ爪痕と残したい、生活を楽にしたい
などなどたくさんあると思います。

なぜ夢を持つことが大事なのか、それが私の中でスッと理解できたのがこの夢七訓なんです。

この夢七訓は私が好きな言葉です。仕事や生活で思い返して、よしやるぞと思える言葉です。
皆さんにも共感してもらえたらいいな、と思い記事を書きました。

その他にもたくさんある渋沢栄一の名言

もちろん、ここまですごい経歴の人です。
慶喜に命でパリ万博にいき、何百社の設立にも関わり、理研の設立にも関わる人です。
ここでは紹介しきれないので、本やネットで調べてみてください。笑

ちなみに、渋沢史料館という文化施設もありますので、こちらに足を運んでみるのもいいかもしれませんね。

野暮だけれど、調べてしまいました。

渋沢栄一は生涯に2度結婚をしたと記録されています。
また、本妻以外にも妾がおり、渋沢栄一は約50人の子供がいたとされています。

このあたりは現代社会にそぐわないと思いますが、当時では珍しいことではありません。災害や大戦も多く、子孫繁栄がなにより大事にされていた時代です。
女性の社会進出などは、ここでは論点がずれるので、他の記事に関連することがあれば、ご指摘いただけると幸いです。

私は、単純にこれだけの子孫がいて、例えば、(先妻)千代との間に生まれた(長女)歌子は法学者の男爵・穂積陳重に嫁ぎます。
爵位って聞くとなんだか時代を感じますよね。(次女)琴子は大蔵大臣の子爵・阪谷芳郎の元へ、(後妻・兼子との長男)武之助は石川島飛行機製作所2代目社長などなど、華々しい経歴をもって未だに活躍しているようです。

さいごに

日本資本主義の父・渋沢栄一は経営者として現存する大企業の設立にたくさん携わってきました。
また、研究機関や教育機関の設立にも大きく関わり、どれだけの国益をあげたかわかりません。

そんな彼の名言「夢七訓」は私の好きな言葉です。

ご子息は未だに活躍されている方がたくさんいると思います。

渋沢栄一記念財団や史料館があるので、興味がある方は是非訪れてみるといいと思います。

2019年4月10日

Posted by xxxchem